高齢者に多い疾患
心不全
❶ 疾患解説
心不全とは
「心不全」は病名ではなく、さまざまな心臓疾患を患った人が、その後、心臓の機能が低下して日常生活に支障をきたす状態を指します。心臓は1日に10万回以上拍動し、全身に血液を送り出していますが、何らかの理由によってポンプ機能が十分に発揮できなくなると、血液がスムーズに循環できなくなってしまうのです。
一般に高齢になるほど心臓の働きは低下し、そこに病気が加わると心臓の機能がより悪くなります。そのため心不全になる人も高齢になるほど増加していきます。50代の心不全の発症率は約1%ですが、80代以上では10%を超えることが報告されています(※)。
※参考:公益財団法人 日本心臓財団
心不全の原因
心不全を引き起こす最大の原因は、高血圧と考えられています。心臓の筋肉を養っている冠動脈が狭くなる狭心症や心筋梗塞、心臓の筋肉に異常が生じる心筋症、拍動のリズムが乱れる不整脈、心臓の逆流防止弁が障害される弁膜症、生まれつきの心臓の障害なども心臓の機能を低下させる原因になります。
心不全の症状
心不全になると心臓から十分な血液を送り出すことができなくなるため、さまざまな症状が現れます。次の心臓のセルフチェックをしてみましょう。
- 階段を上るのがつらくなってきた
- すぐに息が切れる
- 寝ているときにせきが出る
- 横になると息苦しいが、起きていると少し楽になる
- 寝苦しくなって目が覚める
- 足や顔がむくむ
いずれも「年のせい」と見過ごされがちな症状ですが、1つでも当てはまれば心不全の可能性があります。
動悸や息切れは、体が必要とする酸素や栄養が不足することによって生じる症状です。初期は坂道や階段を上るときに息が切れる程度ですが、心不全が進行するにつれて少し動いただけでも動悸や息切れがし、疲れやすくなります。
足や顔のむくみもわかりやすいサインです。腎臓に流れ込む血液が少なくなると尿の量が減り、体内に余分な水分が蓄積するために起こる症状で、だんだんむくみが強くなってきた、急に体重が増えた、という場合は一度専門医に相談してみましょう。
肺や肝臓などに血液が滞ると腹部が膨らんだり、呼吸が苦しくなり、横になって眠れなくなることもあります。
心不全とフレイル
心不全になると、息苦しさや疲れやすさからあまり動かなくなり、筋力が落ちてフレイル(心身の虚弱)が進行しやすくなります。胃や腸への血流も減少するため、食欲が減少し、消化吸収の機能も低下して低栄養状態が進行します。
また、もともとフレイルで栄養状態が悪い人が心不全を起こすと、治療が難しく、なかなか症状が改善しません。
心不全とフレイルは相互に関連しているため、心不全がある人はフレイルを進行させないように特に注意が必要です。
監修医師
坂田 泰史先生
大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学 教授
大阪大学医学部附属病院 副病院長
<略歴>
平成5年3月31日 大阪大学医学部医学科卒業
平成6年7月1日 大阪警察病院循環器科勤務
平成10年4月1日 大阪大学大学院医学系研究科 博士課程 入学
平成14年3月31日 大阪大学大学院医学系研究科 博士課程 修了
平成14年7月23日 米国テキサス州ヒューストン Winters Center for Heart Failure
Research, Department of Medicine Cardiology, Baylor College of
Medicineにてpost doctoral fellowとして勤務(Douglas Mann 教授)
平成18年3月1日 大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学 助教
平成24年3月1日 大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学 講師・診療局長
平成25年12月1日 大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学 教授(継続)
平成30年4月1日 大阪大学医学部附属病院 病院長補佐
令和2年4月1日 大阪大学国際医工情報センター 副センター長(継続)
令和2年4月1日 大阪大学医学部附属病院 未来医療開発部 部長
令和4年4月1日 大阪学総長補佐(継続)、大阪大学医学部附属病院 副病院長(継続)
<主な学会・研究会活動>
日本循環器学会 常務理事、日本内科学会 評議員、日本工学アカデミー会員、日本心臓病学会理事、日本心不全学会 理事、日本腫瘍循環器学会 理事、日本心エコー図学会 理事、日本成人病(生活習慣病)学会 理事、日本生体医工学会 理事、日本心臓リハビリテーション学会 理事、国際心臓研究会日本部会 理事/評議員
<受賞歴>
第10回日本心エコー図学会 Young Investigator Awards 最優秀賞
令和3年度全国発明表彰 未来創造発明奨励賞
米国 The Good Design Award2020
令和4年度 大阪大学賞
※2024年当時の情報となります
❷ 治療解説
心不全の治療
心不全を完全に治すことはできませんが、治療を継続することで症状の改善が得られたり、心臓の機能自体を改善させることが可能な場合があります。実際に、ごく普通に日常生活を送ることができる人も多くいます。
西洋医学的な治療
心臓病を患った人は心臓の機能が徐々に低下することが多いため、薬物療法を中心にした治療とともに生活習慣の改善を心がけて、心不全と上手に付き合っていくことが基本となります。
薬物療法では、それぞれの状態に応じて主に次のような薬を使って治療を行います。
- 心臓にかかる負担を軽減し保護作用を有する薬:ACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害薬、ARB製剤(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)、ARNI製剤(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)、アルドステロン拮抗薬、β遮断薬、αβ遮断薬、
- 心拍数を下げて心臓を休ませる薬:HCNチャネル遮断薬
- 心臓が収縮する力を強めて力づける薬:強心薬
- 利尿を促すことで体の中の水分を調節し、心臓を楽にする薬:利尿薬
不整脈を予防する薬や血栓をできにくくする薬、合併症の治療薬などを使うこともあります。
薬物治療で血行動態が改善しない場合は、機械的に心臓のポンプ機能を補助・代行する補助循環法が検討されます。その他にも症状によって、カテーテル治療やバイパス手術、弁置換術、弁形成術などの手術も検討されます。
同時に、食事や運動を含めた生活習慣を見直し、病気に対する正しい知識を身につける「心臓リハビリテーション」を行うことも、心不全治療の基本となっています。
漢方医学的な治療
漢方医学には「気・血・水(き・けつ・すい)」という概念があり、この3要素が過不足なく体内を巡ることで良い状態が維持されると考えられています。心不全の患者さんでは、体内に余分な水分が貯まる「水毒(すいどく)」を起こしていることが少なくありません。
漢方薬の中で水毒に有効とされているのが、利水作用を持つ生薬を組みわせた「利水剤」です。代表的な利水剤には、「五苓散(ごれいさん)」、「木防已湯(もくぼういとう)」、「牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)」などがあり、心不全の患者さんに使用されることがあります。
また、高齢の心不全の患者さんはフレイル(心身の虚弱)を併発していることが多く、心不全の悪化を防ぐためにもフレイルの進行を抑える対策が重要です。一つの病気や症状にターゲットを絞り込む西洋医学では、フレイルの治療が難しいことがありますが、漢方薬はその人自身が持つ回復力を引き出し、元の状態に近づけるのに役立つことがあります。
フレイルを併発している心不全の漢方治療では、主に、「補剤」というカテゴリーの薬が使用されます。フレイルの状態では気が不足する「気虚(ききょ)」や、血が足りていない「血虚(けっきょ)」が生じることがあるため、補剤で足りない成分を補っていきます。
よく使われる漢方薬が、「牛車腎気丸」です。漢方医学では加齢による心身の衰えを「腎虚(じんきょ)」と呼んでいます。腎虚は生まれ持った生命力(腎気)が不足した状態とされ、フレイルに近い概念と考えられます。
牛車腎気丸は腎気を補う補剤(補腎剤)の一つで、利水作用もあることから、心不全で尿量が減って下肢にむくみが生じている人に適しています。また、食欲不振から低栄養状態になっている人は、「六君子湯(りっくんしとう)」で食欲や消化機能が回復することが少なくありません。筋力が低下して息が切れやすい人には、「人参養栄湯(にんじんようえいとう)」などを使います。
心不全のセルフケア
特に気をつけたいのが、塩分と水分の摂りすぎです。もともと心不全の患者さんは、塩分・水分を排泄する働きが低下しているため、塩分や水分を摂りすぎると水分を溜め込み、心臓がむくんで心不全が悪化してしまいます。1日6g以下を目安に、減塩を心がけたほうがいいでしょう。
一方、高齢者は低栄養状態に陥りやすいため、塩分を考慮しつつ、しっかり栄養を摂ることも大切です。特に肉や魚、卵、大豆などに多く含まれているたんぱく質は、筋肉量維持のためにも積極的に摂取したい栄養素の一つです。
軽いストレッチや散歩などの適度な運動は、心不全によるさまざまな症状を改善するだけでなく、筋力を維持してフレイルを進行させないようにするためにも有効です。
喫煙習慣のある方も要注意です。喫煙は心血管疾患の危険因子なので、喫煙者はリスク軽減のために禁煙をしたほうがよいでしょう。
また、風邪やインフルエンザ、新型コロナウイルス感染症などへの感染をきっかけに心不全が悪化する場合も少なくありません。日ごろから手洗いやうがいを徹底するなど感染対策を心がけ、予防することが大切です。
監修医師
北井 豪先生
国立循環器病研究センター心不全・移植部門 心不全部 部長
<略歴>
2004年3月 大阪市立大学医学部医学科卒業
2004年4月 神戸市立医療センター中央市民病院初期研修医
2006年4月 同院循環器内科専攻医
2009年4月 同院循環器内科医員
2013年4月 同院循環器内科副医長
2015年4月 米国クリーブランドクリニック循環器内科客室研究員
2018年4月 神戸市立医療センター中央市民病院循環器内科医長
2018年10月 同院循環器集中治療室(CCUCCU)室長、救急部副部長(兼任)
2021年4月 国立循環器病研究センター心臓血管内科医長
2023年2月 同院心不全移植部門心不全部部長
<主な学会・研究会活動>
京都大学医学博士
Fellow of European Society of Cardiology(FESC)
Fellow of Heart Failure Society of America(FHFSA)
日本内科学会総合内科専門医・指導医
日本循環器学会専門医・日本超音波学会専門医・日本脈管学会専門医
日本心血管インターベンション学会認定医・SHD心エコー図認証医
日本心臓リハビリテーション学会認定指導医
<受賞歴>
2009年第50回日本脈管学会Young Investigator’s Award最優秀賞
2010年第58回日本心臓病学会Young Investigator’s Award最優秀賞
※2024年当時の情報となります